相良酒造の歴史|こだわり酒類専門販売店 赤塚屋

相良酒造の歴史

創業1730年から同じ場所でつくっています

相良酒造は、鹿児島市内で家業を営むつくり酒屋です。
JR鹿児島駅まで徒歩5分、国道10号線沿いの交通量の多い市街地にあります。

近くには鶴丸城(島津氏居城)・南洲墓地(西郷さんのお墓)・仙厳園(島津氏別邸跡)などがあり、歴史・文化に恵まれています。

相良家先祖は熊本県人吉にあった相良藩の流れをくみ、大阪夏の陣があった1615年に人吉から鹿児島に移住しました。江戸時代1730年に初代「相良仲右衛門」が酒造を開業し、藩政時代には島津どん(殿)にも酒を納入したと口伝されています。

西南戦争で蔵に官軍が乱入

1877年西南戦争で西郷隆盛を追いかけ、鹿児島市街地になだれ込んだ官軍によって「城山攻撃の邪魔になる!」と酒蔵や住居に火が放たれました。
まだ、18歳だった7代目相良仲右衛門は、大樽を壊して酒を飲む官軍の乱暴に耐え、樽の底に残った酒でなんとか商売を続けたと言われています。

地酒から芋焼酎へ

創業時より「灰汁持酒」など醸造酒を製造していましが、太平洋戦争に突入する頃、米の配給が止まったことで相良酒造は地酒造りから芋焼酎造りに転向しました。酒蔵の裏手にある古い石垣には、当時の銃弾の跡ではとされる穴が残っています。また空襲で四つの蔵も住居も全て焼かれました。

相良家代々で引き継がれ、現在で10代目

現在創業289年、鹿児島県内でも最も古い蔵元の一つになります。

社員8名の小さな蔵で、9代目が91歳まで現役を続け、その後2015年現社長が10代目を就任しました。2年前から長女(由美子さん)も焼酎つくりに参加。受け継がれた昔ながらの丁寧な焼酎つくりを守り続けていきます。

相良酒造代表銘柄

「相良」25%白麹仕込みと、 「相良仲右衛門」30%黒麹仕込み が当社の代表銘柄になります。 「相良」は創業家の名前から、 「相良仲右衛門」は創業者から 名付けられました。 初代が仲右衛門、2代目が仲左衛門と 交互に名前を引き継いだそうです。 中身もラベルも昔ながらの味と デザインを守り続けています。
ページの先頭へ